設立の経緯

2011年3月11日、東日本大震災によって福島第一原発事故が発生しました。2か月後の5月、月刊誌DAYS JAPANは「放射能測定器支援募金」を開始し、チェルノブイリこども基金の有志による「未来の福島こども基金」とともに、福島県の市民団体に、数多くの食品測定器やホールボディカウンターを送りました。これが福島県に少なくとも6か所の市民放射能測定所が開設されたきっかけとなりました。
その後12月にDAYS JAPANは「DAYS被災児童支援募金」を立ち上げ、福島原発で被災した子どもたちを保養させるプロジェクトを開始しました。食品放射能測定所の支援や保養所開設の動きは、私たちがチェルノブイリ事故の被災者救援を行った経験を生かしたものです。
保養所を開設するための土地を探していた私たちを、多くの方々が支援していただき、2012年1月には、元沖縄県知事の太田昌秀さんが久米島を紹介してくださいました。久米島は沖縄本島から西に100キロの地点にあり、フェリーで約3時間半、航空機で30分弱です。
探し当てた土地は、久米島の山合いにある元陶芸工房の跡地(久米島町大字山城799)で、本館、別館、ギャラリー、ピラミッド(元登り窯跡)の4つの建物からなります。
ここからは日本の浜100選に選ばれたイーフビーチや、東洋一といわれる規模を持つサンゴ礁にできた砂浜ハテの浜、そしてベランダからは朝日が海から上がるのが見えます。天気のいい日は渡名喜(となき)島、慶良間(けらま)列島や座間味(ざまみ)島が見えます。

こうして2012年3月に久米島で町長やアーティストの石井竜也さん参加のもとで福島の子どもの保養プロジェクト設立の記者発表を行い、その後突貫工事で建物の改修作業を行いました。オープンしたのは7月5日。福島の子どもと保護者からなる51人の第一次グループを受け入れました。

子どもはすべて無料で受け入れ、未就学児の保護者は第2次グループ以降、航空運賃のみ支払っていただいています。(第1次は保護者も無料)
さらに私たちは、福島の学校の生徒の「移動授業」あるいは「移動教室」を検討中です。この「移動教室」は、私たちがベラルーシで支援してきたチェルノブイリ被災地の子どものための保養施設「希望21」で20年以上も実施してきた形態です。そこでは汚染地の学校のクラスが、教師とともに3週間過ごします。
日本で福島第一原発事故が起こったとき、私たちはこの「希望21」に習って、移動教室型の保養施設を作ろうとしましたが、当初は様々な困難に出会ったため、学校の休暇中には小中学生を招待し、学期中は未就学児童と保護者の母親を中心に受け入れてきました。


第4次保養グループ 2012年9月