久米島に建設された意味

最後にこの施設が沖縄という地に建設されたことの意味を、重く受け止めなければなりません。
特に久米島は、沖縄戦後に日本軍によって住民が処刑されるという痛ましい事件が起こった地です。また沖縄は、歴史の中で日本に占領され、日本の戦争の捨て駒にされ、米軍の占領地として差し出され、今も米軍基地に巨大な面積を占められ、差別と被害を受け続けている地です。日本政府によって米軍基地縮小化・本土への移転の約束は、たえず反故にされ、沖縄の人々は裏切られてきました。
こうした地で、福島の被災者の子どもたちに、もっともあたたかい受け入れをしていただけたこと、特に久米島町が驚くほどの支援をしていただいていることに、私たち理事・職員は深く感謝をしております。同時に私たちも、より一層歴史を学び、この地で保養をした子どもたちが、やがて将来、沖縄と本土の正しい関係を築く担い手になることを願います。守るべきは福島だけでなく沖縄の子どもでもあることを、ここでの生活を通じて深く理解できるようになると、私たちは信じています。


久米島の戦没者の名が刻まれている碑